裁判の結末

2017.05.24 Wednesday

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    2017年4月、訴状の送付から約10ヵ月が経過。その間に7度の公判が行われ、やっと俺とN氏の会社間で和解が成立した。

     

    原告(俺たち)の訴えに対し、N氏側からの反対弁論が書面で行われ、それに対して原告がその矛盾を指摘して反論を覆すというやり取りが、年をまたいで何度も繰り返された。

     

    俺もそうだったが、「裁判」と聞くといきなり法廷で証言したり、弁護士が相手方を追及したりするということを思い浮かべる人も多いと思う。

    しかし現実は違った。俺は一度も法廷に顔を出すことはなかったし、裁判はすべて弁護士の先生にお任せして、公判中も本業の仕事に集中することができた。

     

    とは言え、裁判の期日が近づくたびに俺の心に何かどんよりしたものが重くのしかかってきたのも事実だった。

    今回の件に関し、俺の方には一切の非はないものの、次に相手がどんな反論をしてくるのかが気になって仕方がない。

    睡眠も浅くなり、食事も美味しいと感じることができくなり、その日を迎えるまで自然と酒の量が多くなっていった。

    そして裁判当日、相手が新しく提出する事実とはかけ離れた反論を聞く度に、その論理の矛盾をあぶり出すために記憶を掘り起こし、時にはN氏とのすべてのメールのやり取りをや契約書を見直し、弁護士と相談し対策を考えるということをひたすら繰り返していたのだ。

    そうしてそれが一段落するとようやく、次の裁判が近づくまでの間俺は比較的穏やかな気持ちで毎日を過ごすというのが、その10ヶ月の俺のサイクルだった。

     

    相手は俺が手付金の100万円を返金したという事実を盾に、二者間で行われた売買契約の契約解除は合意に基づいたものだと主張してきた。

    俺は手付金の返金は脅迫によるもので、契約自体はまだ有効であるという立場を崩さず、違約金の全額支払いを求め続けた。

     

    最終的に裁判所から提出された和解案は、俺の求めた満額からは程遠い金額だった。

    しかし俺が和解案を受け入れなければ、裁判は更に続くことになり、今度こそ俺は証人喚問に呼ばれ、裁判の度に大阪地方裁判所まで出向し証言を行わなければならない。

    そして最終的に勝訴したとしても、相手の会社に満額の支払い能力があるのかどうかはまた別の話しであった。

    これ以上時間と労力を使って裁判に勝っても、相手が会社を畳んでしまえば、俺の受取る金は結局ゼロになってしまうのだ。

    弁護士と慎重に話し合い、俺はこの和解案を受け入れることにした。

    N氏側もそれに同意し、この件はこれではっきりと白黒がついた。

    相手がある程度非を認めたことで、俺の心も少しはスッキリした。

    そして今後N氏と取引する真面目な投資家が、俺と同じような被害に遭わないように願うばかりだ。

     

    手に入れた和解金から裁判費用を引くと、手元には数百万円が残ったが、俺は手放しで喜ぶことはできなかった。

    これでは大阪の売却時に出たマイナスの金額にはまったく届かず、相殺すると計算上は全部消えてしまう金だ。

    しかも今回得た和解金は、一時所得として本業のサラリーに上乗せされ、高額な税率での税金も支払わなければならない。

    そう考えると、訴訟により俺が得たものは「お金」ではなく「貴重な人生経験」と言っても過言ではないだろう。

    俺だってまさか自分が訴訟を起こすことになるなんて、数年前には夢にも思わなかった。

     

    今すべてが終わり振り返ってみると、俺一人ではなにもできなかった。

    でも俺には寄り添い、励まし、勇気づけ、サポートしてくれる多くの仲間たちや、強力なブレーン達がいた。

    みんなのおかげで俺は立ちはだかる困難な道を切り開き、やっとここまで来ることができた。

    辛い日々だったが、無駄ではなかった。この場を借りて、支えてくださった方々にお礼を言いたい。

     

    ありがとうございました。

     

    今俺ができる恩返しは、自分の身に起こったことを忠実にここに書き留めることだと思う。

    そしてこのBlogを読んだ人たちが、何かを感じ取りそれを将来に役立ててくれれば、俺は最高に嬉しい。

     

    金利4.5%からの船出 (後編)

    2017.05.17 Wednesday

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      (前編はこちら)

       

      それから2ヶ月後の2016年10月。俺はまだ大海原の真っ只中にいた。

      仲介役のMさんが、メガバンクの渋谷支店の融資担当者に最初にコンタクトをしたのが8月中旬。

      本審査前に行われる簡易審査用の資料を俺が完璧に仕上げ、Mさんがそれを渋谷支店に持ち込んだ。

       

      融資担当者の感覚からすれば、この借換え案件は本部のGoサインが出るだろうということで、俺はその時を今か今かと待ち続けていたが、実際には何事も起こらないまま時間だけが過ぎていき、俺は少しずつ焦り始めていた。

       

      本当ならすでに借換えが終わっていてもおかしくないタイミングなのに、なぜこんなに時間がかかっていたのか?

      9月末が銀行の中間決算で、担当者がそれに忙殺されていたという理由だけではない。

       

      実はその当時、案件を持ち込んだ渋谷支店と、実際に融資を実行することになる俺の居住地の最寄り支店との間で、ある問題が発生していたのである。

       

      俺が最初に居住地の最寄り支店に借換えの打診したのが2015年1月。当時その支店ではこの借換えの本審査を行い、俺は一度否決されていた。そうだ、生々しい記録がここに残っていた。

      だが2年も経たないうちに、また同じ案件が別支店から持ち込まれてしまった。

      銀行マンだって会社員だ。支店のメンツを保ったり、担当者自らの保身に走ったりという大人の事情が見え隠れするのは仕方がなかった。

       

      渋谷支店の立場からすれば、通常はこのレベルの借換えは問題なく実行されるという認識だった。しかし他支店で一度否決されているこの案件を、本部の融資審査部に上げるためには、審査のプロセスを通常以上に慎重に行わざるを得なかったということだ。

       

      銀行の融資姿勢は常に変化し、支店によって同じ物件を持ち込んでも反応が違うことがあるという俗説を、俺は知識としては持っていた。そしてこの2ヶ月で、俺はそのことを嫌というほど思い知らされたってわけだ。

       

      その後、Mさんのフォローや、税理士さんに作成して頂いた追加の資料を提出したことなどが功を奏し、ついに2016年の11月の終わりに俺の長年の夢の一つが叶った。

       

      金利はなんと5年固定の0.8%台後半

      更に所有者は個人から法人に変更

      もちろんフルローンで、融資期間も30年近くの長期という最高の条件だ。

       

      零細企業の主要取引銀行が、4.5銀行からメガバンクになるまでには、非常に長く険しい道を歩まなければならなかった。

      でも俺はついにそれを乗り越えることができたのだ!

       

      俺は一度別れてから再び愛し合った妹のアイツを躊躇なく切り捨てた。今度こそ永遠のお別れだ。

      今まで本当にありがとう。

       

      こうして俺は、個人の資産と負債を全部清算し、ついに金利4.5%の呪縛から抜け出し一気に先頭集団のトップに躍り出た。

       

      (金利4.5%からの船出 完)

       

       

      金利4.5%からの船出 (前編)

      2017.05.10 Wednesday

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        2016年8月。

        大阪のマンションを売却した俺だが、まだ札幌に一棟、RCマンションが残されていた。

        築浅でJR札幌駅から徒歩10分圏内にあるこの物件のポテンシャルは高く、銀行もそれなりに評価を出してくれてはいる。

         

        今4.5%銀行で借りているローンを都市銀行、いやメガバンクの低金利で借りかえることができれば、俺の不動産収支は一気に改善し、失った大阪の売却時に確定したロスも、数年で取り戻すことができるだろう。

         

        今まではこのピチピチの札幌ちゃんが大阪物件の第二抵当に入ってしまっていたため、俺は友人たちが次々に借り替えに成功する姿を指をくわえて見ていることしかできなかった。

        でもすべての障害がなくなった今、俺にはピチピチちゃんがこう囁きかけているのがはっきりと聞こえた。

         

        「純さん、私のすべてはあたなのもの。好きにしていいのよ。(ハート)」

         

        実際には銀行に抵当権があり、俺の持分なんて、ピチピチちゃんの乳首の先っぽ部分くらいしかないのだが、今彼女を救い出せるのは俺しかいない。

         

        だが、実際どう動けばいいのだろう。

        俺にはかつて、大阪と札幌をセットにし、それをメガバンクと都市銀行に持ち込み、低金利のローンでの借り替え依頼をしたが、見事に両方からフラれたという苦い経験がある。

         

        あれからまだ1年半しか経っていない。ローンの元本返済だってほとんど進んでない。

        なぜなら金利を4.5%で35年という長期でローンを組むと、毎月の返済の内訳は金利部分が約75%となり、元本部分の返済は残りの僅か25%ほどしかできないからだ。

         

        なら別の銀行を開拓するか?

        しかし札幌と東京の両方に支店がある地銀なんてほとんどないから、それは不可能に近いだろう。

         

        やはりここは再チャレンジしかない。そしてやるからには、個人で持っていた物件を法人名義で借り替えたい。

        ハードルが高くなればなるほど、俺には強力なブレインが必要だった。

         

        俺は付き合いのある不動産業者の中から、最近独立して不動産の仲介をしており、銀行にも顔が利くMさんに相談してみることにした。

         

        3日後、銀座のすし屋で飲みながら、俺たちは二人で札幌ちゃんを法人名義で借り換えるプロジェクトを立ち上げることで合意した。もちろんこれはビジネスなので報酬は発生する。でもそれが成功報酬型であれば、お互いWin-Winの関係になれるだろう。

         

        要するに、Mさんに懇意にしている銀行の融資担当者を紹介してもらい、強烈なバックアップをしてもらう。

        あとは俺のプレゼンと融資審査の資料作成でこの担当者を説得し、このプロジェクトを成功させるのだ。好条件で借換えができれば、俺はM氏にお礼を支払う。うまくいかなければ報酬はなしだ。

         

        そして借り替え先を打診する銀行だが、イエス、一度俺を振った、あの超メガバンクだ。

        俺は再び大海原に漕ぎ出し、新しいチャレンジに向かって進みはじめた。

         

        続く

        俺の大阪売却物語のはじまり(7)最終話

        2017.05.07 Sunday

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          物語の最初から読む

           

          U氏は、俺が初めてN氏の会社で打ち合わせをした時に名刺交換を行っており、一応お互い面識はあったものの、それまでサシで話しをしたことはなかった。

          しかしN氏から脅迫を受け、これ以上Nと直接電話で話すことに恐怖すら感じている俺にとって、U氏は相手側の窓口として冷静に話ができる救世主的存在だった。

           

          U氏は決して感情的になることはなく、淡々と自分たちの状況を説明してきた。

           

          最終買主はもはや購入の意思はないこと

          今回売却予定だった物件に対する銀行評価額が、俺の売却希望額から大きく乖離しており、現時点ではよほどの高属性の相手ではないと売却が難しいこと

          N氏はこの状況下で、物件の売却活動を進める気がないこと

          N氏が一度怒り出すと、社内の誰もそれを止めることができないこと

          N氏が過去に顧客とトラブルになり、その時は手段を選ばず顧客とやりあったこと

           

          話は1時間近くに及んだ。

          俺達はその電話を通して、お互いの妥協点を探り合った。

           

          俺の精神状態は限界まで達していた。

          相手はもうこの取引から手を引きたいという気持ちだという。

          俺の方は、一日でも早く物件をこの大阪物件を売却し、札幌RCの第二抵当権を外したかった。

           

          俺がこのまま強気に出れば、恐らく相手は脅迫してきた内容を実行してくるだろう。

          俺にやましいことは一つもないが、これらのストレスによる本業への影響も相当出ていた。

          食欲もなく毎日疲弊しきった状態でなんとか会社を往復する日々。俺にはこれ以上ややこしいトラブルを抱えたまま笑顔で生きていく自信がなかった。

           

          俺が当時一番望んでいたものは、平穏な日々の生活。

          もうN氏とは一切の手を切り、新しいまっとうな不動産仲介業者と信頼関係を築き、一からやり直そう。

          極限まで追い詰められた俺にとって、それが一番良い選択肢に思えた。

           

          U氏からは手付金の返金を要求された。俺がそれに応じれば、N氏もそれで気持ちが収まり、脅迫行為も行わないという確約を得た俺は、相手の要求通り手付金の100万をN氏の会社に戻す手続きをした。

           

          2016年3月初旬。俺の春はこうして始まり、俺は徐々に笑顔を取り戻していった。

           

          5ヶ月後の2016年8月中旬。

          大阪の仲介業者経由で、俺はついにこの物件を手放した。

          N氏の会社で売却を合意した時からは数千万低い金額での契約。手数料などを差し引くと、保有中の賃料で得たキャッシュフローと相殺しても、トータルで数百万程のマイナスだった。

          投資としては完全に失敗だ。

           

          しかし俺はこの一連の経験を通し、とても多くの事を学んだ。

          金利4.5%の破壊力

          第二抵当権を設定される地獄

          他銀への借り換えのハードルの高さ

          誰から買うか、誰に売却を委託するか

          どの順番で何を買うべきか

           

          これらの一つ一つが、数百万と数百時間を投資して俺が得たものだ。

           

          そう言えば、最後にもう一つ書いておかなければならない事があった。

           

          売却にあたり、たくさんの新しいご縁を頂く中で、俺はN氏の会社を相手取り訴訟を起こすことに決めた。

           

          やはり俺は許せなかった。最後まで一言の謝罪もなく、1ミリの誠意も感じられないN氏の態度に対し、俺は脅迫に屈することなく何か行動を起こさなければならないと感じていた。

          N氏の取った行為が社会的に評価され、正当な裁きを受けることにより、これ以上犠牲者を出さないようにしなければならない。

           

          裁判を起こすということは、俺にとっても新たに大きな負担を受け入れなければならないことを意味していた。

          でもこんな経験めったにできることではない。俺は自分自身を鼓舞しながら、新しいリスクをテイクした。

           

          要求額は売買契約書の記載通り。

          「本契約が契約違反により解除された場合、違反者はその相手方に対し、違約金として売買代金の10%相当額を支払わなければならない」

           

          2016年6月。およそ3,000万円という支払いを求めた告知書が、大阪の法律事務所からN氏の会社に内容証明郵便で送られた。

           

          俺の大阪売却物語のはじまり<完>

           

           

          大阪物件の売却が終了したので、この物語はここで終了だ。

          裁判に関しては現在係争中のため、時期を改めてお伝えしたいと思う。

          俺の大阪売却物語のはじまり(6)

          2017.05.06 Saturday

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            もう我慢の限界だった。

             

            次の決済日がきちんと提示されていない以上、俺はそれ以上1日たりとも待つことはできなかった。

            俺はその場でメーラーを開くと、次のようなメッセージを送った。

             

            「こちらの譲歩額ですが、仲介手数料を入れて●億●万です。これ以上は、一切妥協はできませんので、不足分については御社で調整してください。買主さんの銀行の融資額が届かない場合には、同金額で御社で買い取りか、契約書通り違約金をお支払いください。こちらの許可なく楽街に広告を出しているということは、御社で買い取る意思があるという事だと理解しています。回答は2016年3月1日の正午12時までにメールにてお願いいたします」

             

            今自分で見返しても、この論理は筋が通っていると思う。

            相手が決済日を一方的に伸ばし、売り主に無断で楽待に広告を載せている以上、N氏の会社がその物件を買い取る意思があるとしか思えなかった。

             

            しかし、その後N氏からのありえない逆襲が始まったのだ。

            その一連のメッセージは、SMSによって俺のスマホに届いた。

             

            物語の最大の山場であるこの場面で、本当ならこのやり取りの一部始終を暴露したいところだが、事情があってそれはできない。

            しかし、そのメッセージは脅迫と言われてもおかしくないレベルのものであった。

             

            N氏の脅迫を受け、俺の気持ちは揺れ動いた。

            自分はこの一連の取引で一切の非はないものの、相手は俺の重要な個人情報のほぼすべてを握っている。

             

            契約に関連して、自宅の住所、家族構成、勤務先や年収、そして所有物件の一覧などの情報はすべて相手の手中にある状況で、俺は孤独な戦いを挑まねばならなかった。

             

            立場的にも情報量的にも圧倒的有利な不動産業者に対して、個人投資家の俺の力は微々たるものだった。

            N氏から逆に脅迫されたこの理不尽な状況を、どのように打開すれば良いか、当時の俺にはゆっくり考える余力も、その圧力に立ち向かう力ももはや残っていなかった。

             

            そして翌日。

            N氏の会社の営業マンのU氏から着電が入り、物語はついに最終局面を迎えることになる。

             

            続く